今日の利尻山

 

春先は天気が悪いことが多く、なかなかすっきり見えない利尻山ですが、今日は、大変クリアーに見えました。

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他の「●●富士」と名のつく山、ご本家富士山を含め、と比べると、若干、荒々しいところが筆者は気に入っています。

 

その麓にわき出る、「甘露泉水」という甘いわき水で入れたコーヒーは、「これぞ彩北コーヒー」という味です。

こちらは、稚内公園の「氷雪の門」から見た、今日の宗谷湾。冬場の荒々しい姿からはなかなか想像しにくいとても穏やかな海です。

海の向こうは、サハリンです。

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こちらは、稚内市内の遠景。実にいい季節です。

宗谷地方は、

 

「手つかずの観光資源」の宝庫

 

です。ありていに言えば、もう少し、人の手を入れて、観光客を迎えるインフラが必要ではないかと思うこともしばしばです。

 

 

たとえば、最近、筆者は出張で札幌や旭川方面に行きますが、宗谷本線沿いや内陸の沼川あたりは、水芭蕉の群生地が続いています。

 

木道を整備して、もう少し手入れをすれば、尾瀬沼にもひけをとらない

 

と筆者は思うのですが、「ポテンシャル」は大きくとも、悲しいかな、それを raw material ではなく、resources として消費者に提供するための「わざと工夫」という意味では、まだまだ改善の余地がありそうな北海道です。

 

 

データセンターは稚内に!

現在,筆者は,弁護士会のお仕事で東京に出張しております。 先般の震災の余波で,都内では,「節電」の文字がそこかしこに表示されております。 そろそろ,(筆者のような肉布団をまとっている人種にとっては)暑苦しさを感じる季節となってきたようで,昨日も,なにやら,日は出ているのに,大雨,という,熱帯性スコールのような天気でした。

翻って,稚内と言えば,未だに,寒い寒い,とストーブの側から離れられない時期ですので,日本列島は南北に長いものだと実感します。   さて,稚内は(稚内だけではありませんが),今週末は,いわゆる,統一地方選挙,市長選と市議選がありまして,なかなか,の「盛況ぶり」ですが,久方ぶりに東京に出てまいりますと,感じるのは,

稚内と東京は相互補完的なのではないか

ということです。   というのも,まず

稚内は,夏場の気温は,摂氏20度そこそこ

で,東京から見れば別世界ですが,オフィスやデータセンターをこちらに持ってきていただければ,夏場の電力不足や冷却コストのお悩みもすっきり解消です。   次に,少なくとも,ここ数百年,聞くところによると

稚内には,なぜか地震がない

のだそうでありまして,先の震災のときも,筆者は,警察で被疑者と「熱心に」お話をしていましたが,そのためかどうか知りませんが,稚内は,微動だにしませんでした。

よく,「全国的に」とか,「全道的に」というニュースや天気予報を聞いても,稚内ではピンとこないことが多いのですが,今回も,そうです。旭川では結構揺れたそうですが,そりゃそうでしょう。同じ裁判所管内でも,旭川からですら,250キロありますから・・・。   そして何より,稚内周辺には,

その電力のほとんどをまかなえる自然エネルギー(太陽光と風力)

の発電所があり,電力不足も心配ご無用です(たぶん)。 経済的にも,リスク管理上も,一極集中は不効率,危険です。企業のみなさん,

ぜひ,稚内にデータセンターをお作りください

ただ,残念ながら(実は,ここからが本題。),こればっかりは,稚内(というか,道内)では,お目にかかれません。 東京時代から,筆者はここのファンなのですが,今回の出張で,飛行機から直行です。

珠玉の一品。

たまりませんですなあ。   つまり,稚内と東京は持ちつ,持たれつ,相互補完的な関係がいいのであります。

音威子府の駅蕎麦と美瑛のイタリアン

  宗谷本線を代表する難読駅名ですが,「音威子府」(おといねっぷ)は,「駅名の由来は、アイヌ語のオ・トイネ・プ(河口の濁っている川)からきていると言われています」。ちなみに,「稚内」(わっかない)は,「駅名の由来は、アイヌ語のヤム・ワッカ・ナイ(冷たい飲み水の沢)を音訳したものからきていると言われています」(以上,JR北海道旭川支社のHPより。)。

さて,今回は

週末のレジャーとちょっとした「息抜き」 ?

をかねまして,南方の「人里」に降りてきました(国道40号線をひたすら南下すること300キロ,旭川を超えて,富良野まで。)。 稚内はいい街ですが,時折,いろいろな意味でぶち切れます(不謹慎ですみません)。

さて,稚内駅の新駅舎の開業にともない,稚内の駅そばが営業を終わってしまいましたので,筆者が知る限り,この,音威子府の蕎麦が日本最北の駅そばです。   音威子府の蕎麦は,黒いのであります。 ちなみに,筆者は東京時代がら蕎麦にはどっちゃり七味をかける癖があり,今回も,しこたまふっております。

  次は,道の駅びふかのコロッケ。ちょうどこの辺りで,10時のおやつタイムです。小腹が空いて眠くなりますので,ちょうどよい頃合いです。

  昼は,東川のCafe Midiさんにお世話になりました。天然酵母のパン屋さんですが,ランチもあります。

    夜まで時間がありますが,旭川市内までもどるのはあほらしい,ので,ここからは,美馬牛→富良野と,怒濤のコーヒーのはしごです。   例の,珈琲 森の時計,で,コーヒー豆挽いています。

  この時点で,珈琲は,かなりfed upですが,全然めげてません。

美瑛のイタリアン(オステリア・バローレ)は,稚内では味わえません。 と申しますか,実のところ,札幌など問題外,個人的には,

東京でもちょっと見つけるのが難しいくらいのレベルだ

と公言してはばからないパスタです。

1年半ぶりくらいですが,筆者が稚内のド僻地から来ていることを覚えて下さっておりました。うれしい限りです。 ながめも最高です。   ド僻地もいいところはもちろんいいのですが,たまに,こうした洗練された「人里」に出ますと,遠来の客に対するお気遣いはいいもんだとつくづく思います。

下請法違反の事例にご注意ください。

 

経済産業省のプレスリリースによれば,中小企業庁は、センコー株式会社に対し調査を行い、下請代金支払遅延等防止法(いわゆる,下請法)第4条第1項第3号(下請代金の減額の禁止)の規定に違反する事実が認められたので、3月30日付で、中小企業庁長官は、公正取引委員会に対して、同法第6条に基づく措置請求を行ったとのことです。

 

親事業者は発注時に決定した下請代金を「下請事業者の責に帰すべき理由」がないにもかかわらず発注後に減額すると下請法違反となります(同法第4条第1項第3号)。

 

下請代金の減額について,よくお話をおうかがいするのは,取引先との間で単価の引き下げについて合意したものの,それ以前の発注分までさかのぼって単価の引き下げを強要された,とか,下請代金の端数が生じた場合に「切り捨て」を求められた,販促協力費等々の名目でディスカウントを求められた,等々の事例です。

 

まず,下請代金の計算に際しての新単価の適用について,ですが,新単価が適用されるのは,単価改定の合意が行われた時点以降に発注する分からです。したがって,単価改訂の合意日よりも前に既に発注した分に新単価を適用する場合は,下請代金の減額(遡及適用)となり,下請法違反,となります。

 

端数の切り捨て,については,端数が「円未満」かどうかによって,若干事情が異なります。下請代金の円未満の端数に関しては,これを切り捨てて支払ったとしても,下請代金の額を減ずる行為とはみなされません。例えば,下請代金の額が1,008,005円80銭だった場合,下請代金の額を1,008,005円とすることは問題ありません。ただし,1,008,000円とするなど1円以上の単位で切り捨てる場合は,下請代金の減額として下請法第4条第1項第3号の規定に違反することとなります。

 

販促費名目の減額請求ですが,平成20年の勧告事例があります。

 

下請法は,その適用関係が複雑でなかなかわかりにくいところがありますが(同じことが起きても,親事業者と下請業者の関係がある場合に限って,の話になります。),道内の企業では,親事業者の立場と下請企業の立場と,双方で問題となりうる法律ですので,ご留意ください。しかも,最近は,違反事例(勧告事例)は公表されることになりますので,親事業者の立場にある場合には,一層,慎重な対応が必要です。

 

 

(ご参考)

(中小企業庁長官の請求)

第6条中小企業庁長官は,親事業者が第4条第1項第1号,第2号若しくは第7号に掲げる行為をしているかどうか若しくは同項第3号から第6号までに掲げる行為をしたかどうか又は親事業者について同条第2項各号の一に該当する事実があるかどうかを調査し,その事実があると認めるときは,公正取引委員会に対し,この法律の規定に従い適当な措置をとるべきことを求めることができる

 

稚内鉄道歴史パネル展と「稚内駅最後の駅そば」

 

 

25日から稚内駅で展示中です。

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稚内での鉄道開通の翌年、大正12年(1923年)、稚内と大泊の間に稚泊連絡航路が開設され、壱岐丸・対馬丸が就航し、これにより、稚内は鉄道とともに港湾都市として、また、樺太への要衝として発達、昭和3年(1928年)には、稚内駅(現南稚内駅)~稚内港(現稚内駅)間が臨港線として延伸され、稚内港駅が開業となりました。その後、昭和13年(1938年)に稚内港駅は、新築移転され、翌昭和14年(1939年)に現在の稚内駅に改称されました(以上、展示パネルより。)。

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ところで、稚内駅が新駅舎に移転するにともない営業を終了する「駅そば」ですが、4月2日、「稚内駅最後の駅そば」と銘打ったイベントが実施されます。

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展示されているのは、鉄道写真だけでなく、市内の昔の地図などもあり、それほど現在の地理と違ってはいないので、いまの市内の様子と重ね合わせてみると、なかなか趣深いところであります。