市立稚内病院で札幌の病院からの循環器内科の医師の派遣が来年3月いっぱいで打ち切られることになる・・・

派遣もとの病院も医師不足で派遣のめどが立たなくなったとして,来年3月いっぱいで循環器内科の医師の派遣を打ち切ると伝えてきたということですが,地方(遠隔地地域)において,社会が存立するためには,交通機関と医療機関の存在が不可欠です。

一方で,新幹線を通すあおりをうけて,地方交通線の維持がないがしろにされ,人口当たりの医師数に構わず,むしろ,医師の都市への偏在が加速しています。

地方創生といっても掛け声と実際に起きていることは,真逆です。

そう思いまして,今更ながら,「まち・ひと・しごと創生法」を見てみましたら,そこでは,何を実現する,と書いてあるかと言えば,

「『まち・ひと・しごと創生総合戦略』の作成等」(「等」,はともかく)と,「まち・ひと・しごと創生本部を設置すること」の2つだけでした。あとは,理念,お題目の類の羅列です。具体的な,政策内容ではありません。

「我が国における急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくためには、国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成、地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保及び地域における魅力ある多様な就業の機会の創出を一体的に推進すること(以下「まち・ひと・しごと創生」という。)が重要となっていること」云々というのは,「それが重要です」と言っているだけですが,政府として,「重要だ」と思っているのであれば,率先して実施すればいいのに,なぜか,

政府が,

「急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかける」とも,

「東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していく」とも,

「国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会を形成」するとも,

「地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保及び地域における魅力ある多様な就業の機会を創出」するとも,

言ってません。

もちろん,自治体もそれぞれの立場で対応する必要はあるはずですが,「一体的に推進すること」が重要と,政府が認識されているのであれば,それを実現するのは,個々の自治体ではなく,国の責任になろうかと思います。

「東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保」するのであれば,当然,地域医療の充実,というより,重篤な生命にかかわる症状となり得る循環器疾患について,(現在ですら)常駐の担当医師がおらず,緊急の場合は,170キロ離れた名寄の病院まで搬送されるところ,その出張医すらいなくなります,という現状が,果たして,「東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境」といえるのか,法律のお題目だけで終わらせるのではなく,個々の病院や医師に負担を押し付けるのではなく,リアリティーある国政上の問題として,政府には,ぜひ,考えていただきたいものです。

 

しばらくいないと,驚くこと。

お盆の帰省とは関係なく,千葉に戻っていますが,北海道の一番北で何年も過ごしていますと,本州のことを,驚くほど忘れてしまっています。

その1 京葉道路が60キロ制限。京葉道路は有料道路ですが,60キロ制限の区間があります。国道40号線は,稚内と豊富の市町境周辺,側道ができて,自動車の走る道路の制限時速は70キロです。当然無料。とはいえ,実際,京葉道路を60キロで走っている車は,見当たりません。

その2 千葉県内,館山まで行くのに,せいぜい半日もあれば十分。北海道では,稚内から函館まで,まあ,普通に自動車で12時間(途中,もちろん,食事も休憩も必要です。),できれば1泊入れたいところです。

その3 ナビの渋滞表示。千葉は,都市計画もなしに,道路も作らずに,農家が手放した農地が片っ端から宅地になって,東京の下町並みの細い路地と大渋滞(京葉地域の道路は,休みの夕方ともなれば,ほとんど路駐状態)は,貧弱な自治体行政の結果ですが,稚内周辺では,牧草地へ行く農道ですら,この辺の生活道路より立派です。

夜の駅

その4 とんでもなく,暑い。15分で,限界です。野外活動には対暑装備は不可欠,という常識をも欠くお粗末。

旭川留萌を抜けて日本海沿岸を北上するルートの途中,北竜町のひまわり畑です。青空とひまわりは,相性がいいです。

今年は,例年以上に自転車で北海道(道北方面)を旅行されている方を見かけます。暑いところ大変そうですが,平坦な道の多い旭川から北で,特に日本海ルートの初山別~遠別周辺のアップダウンは,自転車旅行の方が越えてくるのは,大変そうです。

とはいえ,このところ,内陸部の天気が不安定で雷雨の多い40号線周辺の内陸に比べれば,天候上の問題は少ないかもしれません。

こちらは,同じくひまわり畑,名寄のサンピラーパークで試みた夜間撮影ですが,こちらは,失敗です。

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これもまた,想定外の「使い方」かもしれない,セブンイレブンのシュークリーム。

セブンイレブンのシュークリームは,クリームがとろとろのなかなか秀逸なものですが,一点,非常に困ることがあります。不用意に,車の中で食べようとすると,クリームが飛び出して,服
にべっとり来ます。

それがどうしてそれほど困るか,ということになりますが,稚内から札幌まで出張に行く場合,しかも,車で行こうとする場合,さらに,日本海ルートを使う場合,ちょうど,羽幌あたりで小休止になり ます(宗谷バスで札幌に行く場合も,羽幌が小休止です。)。そうすると,羽幌のセブンイレブン(日本海ルートで来る場合の最北のセブンイレブン)がちょうどいい場所にあるのですが,ちょっとしたデザートにシュークリームを,という場合,食べ方を誤ると,服にべっとり来ると,そのまま車を運転して,仕事に行かなければならない,大変困った事態に陥ることになります。

もう少し,生地を厚くしてくれるか,とろとろ度合いを弱く(要は,クリームを固めに)してくれると助かるのですが,だいたい,400キロドライブして仕事に行くような状況で,車内でシューク リームを食べる,という異常行動者の面倒までは見ていられないのかもしれませんが,ぜひとも,ご検討いただければ幸いです。

さらに言えば,ぱらぱらチャーハンの,おにぎり。すこぶる味はいいのですが,ぱらぱらだけあって,これも車内で食べようとすると,ぱらぱらとこぼれますので,これもついでに何とかしてい
ただけると,大変助かります。

実は,仕事で利尻,礼文に行くことは,それほど多くはないのですが,たまたま,今回,礼文に用があり,行ってきました。

冬場と違って,この時期,風も弱く,波も穏やかで,2時間の快適(ただし,若干,退屈)な船の旅であります。

スコトン2

フェリーというと,苫小牧沖のフェリー火災は,他人ごとではありません。しかも,もし,風は強く,海上の気温は低く,かつ波の荒い冬場だったら,と想像しますと,恐怖です。もっとも,冬場でしたら冷凍庫を稼働させておく必要もないかもしれませんが,どこに火ダネがあるかはわかりません。安全第一,は,言葉でいうのは,簡単ですが,いったい,どうやって乗客と乗組員の安全を守るのか,運航会社と乗組員の苦労には,頭の下がる思いです。

責任をもって安全を守る,ということは,なかなか観念の世界の議論で済む話ではありません。せんだって,出張先のタクシーで,某首相補佐官の発言,法的安定性云々の問題について,「朝言ったことが,晩にはひっくり返る,ということですから,それでは困りますねえ。」と,堂々と,そのキャスターさんは言っておいででした。

このキャスターさんは,「朝令暮改」という四字熟語を思い浮かべておっしゃっていたのだと思いますが,筆者の理解するところ,この話の要点は,大昔の憲法9条の下での集団的自衛権に関する政府見解とのかい離,という脈絡とか,あるいは,刻一刻と変わる事態に対応する必要があるという,危機管理の難しさを言っているので,安全保障について責任を問われる政府の関係者としては,環境も変われば(50年代,60年代,植民地解放闘争や米ソ2大陣営の冷戦対立構造を背景にした話を今したって,仕方がないでしょう。),考え方も変わるでしょう,だから変わったからと言って,法的安定性云々の議論とは関係ありません(法的安定性を害することにはなりません。),と言いたかったんではないでしょうか。

ちなみに,全国連加盟国193か国のうち,この70年間に戦争(テクニカルな意味での戦争だけでなく,武力の行使,も含む意味かどうかは知りません。)の当事者になったことのない国というのは,8か国くらい(?)らしく,アジアでは,日本とブータンだけ,だそうですが,国連加盟国の多くは,第2次世界大戦後の植民地解放闘争を経て独立したわけですから,どちらかというと,日本は,戦争で負けて植民地なるものをすべて失った結果,そうした独立戦争の直接の当事者(相手方)にならなかっただけ,のように思います…いずれにしろ,憲法で説明ができるのは,せいぜい,日本が能動的に戦争を仕掛けたことはない(できない)ということだけですし,戦争をしない,ということと,日本や日本人が戦場となったり,武力紛争に巻き込まれないこととは,全く意味合いが違います。

国際社会には住民を守ってくれる警察官がいるわけではありません。自分の安全は自分で守る,自分だけで守るのが難しければ,みんなで協力して安全を守る,つまり,社会の中でよからぬことを企む輩がいたら,他の住民が一致団結してボコボコにしてやるぞ,という仕組みをつくることで,そういう輩に対する抑止力としよう,という集団安全保障の考え方からすれば,住民が,何らかのかたちで平和,秩序維持のために貢献,協力しようというのは,ごくごく自然ななりゆきですし,では,どういうかたちで貢献するか,は,それぞれの住民の立場・事情や,社会からの要請,社会の置かれた環境の変化によって,変わるでしょうし,変わって当然です。