エアアジア,就航記念100円席もあるそうです。

LCCは道北の外れの,辺境の地の住民にも役に立ちます。

とりあえず旭川か,札幌(千歳)に出れば,あとは,5000円(今はもう少し高いですかね)で成田まで,ということですと,直行便で東京に出るよりも安上がりです。

今日から,新千歳-成田間をもう一社,エア・アジアが就航しました。

 

 

就航記念セール,100円だそうです(ただし,席に限りあり。)。

 

 

もちろん,「安ければいい」のか,という問題もあって,直行便の利用者がいなければ路線は廃止になり,空港は閉鎖になってしまいます。自由化とは,廃止,撤退も自由であり,最低限のインフラは,たとえ少々割高であっても,利用し,維持してもらわなくてはなりません。が,幸い,この時期は,結構,旅行者で混んでいるそうです。秋以降は,また直行便も,使います。もちつ,もたれつ,です。

 

 

さて,LCCですが,成田空港の「門限」は不評です。LCCのビジネスモデルの問題なのか,成田空港の問題なのかはわかりませんが,ぎりぎりの予定を組むと痛い目にあいそうです。特に,夜のうちに首都圏に出て,朝イチから動こうとする場合には,突如欠航のリスクを覚悟しなければなりません。

 

 

それがLCCのビジネスモデルです

 

 

というのは,その通りで,それでもいいからという条件で安い運賃を設定しており,消費者もそういうものだと納得して使っているはずですが,なかなか,消費者に素直に受け入れられるまでには時間がかかりそうです。なにせ,自己責任原則を超越して,

 

 

「そんな話は聞いていない」

 

 

がまかり通る,あるいはまかり通ると思っている人が実に多い,平和な世の中です。業者の売り方,説明の仕方が悪い,消費者軽視,事業者目線・・・ごもっともですが,だったら,コストも負担しましょう。今の消費者にはその選択肢が与えられているので,自分にとって負担やリスクをとりうるかどうかをよくよく検討した上で,それでもプライス重視なのであればLCCを使い,でないならば,そもそもLCCは適切な選択肢ではないことだってあります。でも,ろくに契約書(約款),注意書きも読まず,なんだかよくわからないから適当にOKしておいて,あとで,そんな話は聞いていない云々と騒いでも,

 

 

 

それが自己責任です

 

 

と,たまには冷たく突き放すのが,消費者の健全な意識を育成する上で重要なことと思います。

 

 

ちなみに,筆者は,分厚い約款や重要事項説明なんか,当然のことながら,面倒なので読みません。で,予想通り,痛い目にあいます。仕方がありません。自己責任の世の中です。

 

今日の稚内は17℃です。

 

日本列島付近の台風9号から長く伸びた雨雲が北海道に雨を降らせて,ここ稚内では最高気温が17度と,このあたりではあまりめずらしくない気温ですが,夏の気温としては,いささかぱっとしないところではあります。

北電の電力需給見通しによりますと,泊原発の停止が続くが場合,火力発電所のトラブルを考慮すると,7%程度の不足が予想されるようで,夏場はともかく,冬場は,暖房のみならず,融雪やロードヒーティングで相当程度の電力を必要とする気候条件のなかで,「節電,節電」政策にも限界があるかもしれません。「夏場の需要期を乗り切れば・・・」なんて,東京目線で話をしているようですが,日本は縦に長い国なので,厳冬期までには,なんとか国のエネルギー政策の方向性を示して欲しいものです。

と,「国は」とか「国が」とか,筆者は,何かと国にお願いしてなんとかしてもらおうとする,情けないおまかせ民主主義者(どうも,最近,自分では何もしない責任をとらないくせに,政府をこきおろしてメシの種にしている自称評論家(コメンテーター)が,マスコミに頻出するのは見るに堪えません。)ですが,思い出しましたのが,アメリカ合衆国35代大統領John F. Kennedy のInaugural Address(1961)の有名な1節です。

“And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you–ask what you can do for your country.? My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.”

「だからこそ、米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。世界の市民同胞の皆さん、米国があなたのために何をするかを問うのではなく、われわれが人類の自由 のために、一緒に何ができるかを問うてほしい。」(在日米国大使館の仮訳より。)

冷戦の進行を背景にしたもので,ベトナム介入のエスカレートやキューバ危機などの歴史を考えると,振り返ってみればなかなか,きな臭さの漂うフレーズではありますが,国が抱える困難な課題に果敢に立ち向かう姿勢,そして,国民には,きれい事や有権者受けのよい政策を並べるだけでなく,負担を求める率直な態度,国際的には,同盟国に対して,ただただアメリカにおんぶにだっこするだけではなく,然るべき役割を果たすべきことを求める(日本と日本人は,その役割を担う覚悟はあるんでしょうか。),なかなか今時の日本では探すのが難しい類の政治家です。

しかし,この方,生まれは1917年,大統領就任が1961年,ダラスで命を落とされたのが1963年といいますから,この方が米国大統領であったときの年齢を,筆者は追い越してしまいました。無為に年を重ねていないか,反省したいところです。