安曇野市が出資する第三セクターに関し,同市と金融機関が締結した損失補償契約は,法人に対する政府の財政援助に制限に関する法律(以下「財政援助制限法」)3条に違反し無効と判示して,補償債務支払のためにする出費の差止めを求める請求を認めた原審東京高判平成22.8.30に対し,最高裁は,口頭弁論を経ないで当該判決につき破棄自判を行いました(最一小判平成23.10.27)。その直接の理由とするところは,若干形式的なものですが,判決の「なお」書きにおいて,地方公共団体による損失補償が,財政援助制限法3条の類推解釈により直ちに無効となる場合があることを相当ではないとしており,また本判決には補足意見があり,同旨が述べられているころから,同様の地方自治体による損失補償契約に関する財政援助制限法3条の解釈論については,一応決着がついたように思われます。
最高裁は,「地方公共団体が法人の事業に関して当該法人の債権者との間で締結した損失補償契約について,財政援助制限法3条の規定の類推適用によって直ちに違法,無効となる場合があると解することは,公法上の規制法規としての当該規定の性質,地方自治法等における保証と損失補讃の法文上の区別を踏まえた当該規定の文書の文理,保証と損失補償’を各別に規律の対象とする財政援助制限法及び地方財政法など関係法律の立法又は改正の経緯,地方自治の本旨に沿った議会による公益性の審査の意義及び性格,同条ただし書所定の総務大臣の指定の要否を含む当該規定の適用範囲の明確性の要請等に照らすと,相当ではないというべきである。上記損失補償契約の適法性及が有効性は,地方自治法232条の2の規定の趣旨等に鑑み,当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する当該地方公共毘体の執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かによって決せられるべきものと解するのが相当」(以上,下線筆者)であるとしています。
当該第三セクターへの融資にかかる損失補償の経緯や意義については,補足意見に具体的に述べられているところですが,「損失補償については財政援助制限法3条の規制するところではないとした昭和29年の行政実例(昭和29年5月12日付け自丁行発第65号自治省行政課長による回答)以降,地方公共団体が金融機関と損失補鎖契約を締結し信用補完を行うことで金融機関がいわゆる第三セクターに融資するということが広く行われ,地方公共団体も金融機関もそうした行為が財政援助制限法3条の趣旨に反するという認識はなく,今日に至っていると思われる。第三セクターには様々な問題があり,抜本的改革を推進しなければならないが,平成21年法律第10号による改正において地方対政法33条の5の7第1項4号が創設され,地方公共団体が負担する必要のある損失補償に係る経費等を対象とする地方債(改革推進債)の発行が平成25年度までの時限付きで認められるなど,その改革作業も地方公共団体の金融機関に対する損失補償が財政援助制限法3条の趣旨に反するものではないことが前提となっていると考えられる。この問題の判断に当たっては,法的安定性・取引の安全とともに上記の改革作業の進捗に対し配膳することも求められているといえよう。」
結論として,「本件損失補償契約を締結した当時の三郷村村長の判断に,その裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かは,それが「公益上必要がある場合」(地方自治法232条の2参照)に当たるか否かという観点から決せられることとなるのであり,本件では,そもそも違法であることをうかがわせる要素は特段見当たらないと思われる」としており,地場産業の活性化や雇用の創出という公益目的,公益目的達成のための民間資金導入の必要性,地方議会での議決,実際に雇用創出効果があったこと,などの事情は,大方の第三セクターには共通して存在しうるところではないかと思われますので,本件最高裁判決を前提とすれば,ひとまず,財政援助制限法3条違反と判断されるリスクは相当程度回避されうるのではないかと思います。
実は,原判決である前述の東京高判平成22.8.30が出たときは,既に清算,損失補償が履行されている三セク企業について,金融機関に対し不当利得返還請求(一種の過払い金?)が山のように押し寄せるのではないか,と,ひやひやしたのですが,とりあえず,常識的なところで落ち着いてくれたことで,今後の三セク処理について,リーガル面でのハードルが一つクリアーしうることになった,と,ひとまずは安堵しうるところではあります。
ただし,「クリアーしうる」と,もったいをつけるのは,判決は,損失補償契約が「違法,則無効」となるわけではないものの,「当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する当該地方公共毘体の執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否か」,が重要,ということですので,もし,契約締結に至る過程で,裁量権の逸脱や濫用だと言われるような事情があれば別ですよ,ということです。つまり,三セク企業を整理するにあたっては,過去の設立,出資(増資)あるいは融資に至る経緯,設立目的と業務内容,実績,当該契約締結に至る地方議会での議決の状況,三セク企業の整理に関する経緯費用負担の状況,地方議会への説明,等々の事情をもう一度精査してみる必要があることになります。